大物取り逃がし(562回) | 茅春の独り言

大物取り逃がし(562回)

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    昔から釣り人は大物を取り逃がすと、知人や家族にひときわ大きな獲物であったと話します。
    実際は40センチほどのへらぶなでも『あれは絶対50はあった!』などと真剣に説明するわけです。
    これは誰でも持ってる釣り人の気持ちなのか、あるいは人間というものはそういうものなのか。

    私は今まで沢山の大物取り逃がしの話を聞いてきました♪
    しかし話半分でしか聞いていない茅春です。『そうですか!そりゃ残念ですね〜!』と言いながら内心全く同情していません。へへへ
    特に大物は釣り上げて何ぼの世界で取り逃がした話は笑い話しかならないからです。
    ハリ掛かりさせてバラスのは腕が悪いな。とか、自分だったら取り込む自信はあるのになどと考えるわけです。

    そんな私にも『大物取り逃がし』のお話はあります。
    大物を始めた頃なんだけど、津久井湖でのことです。当時は毎週津久井湖の沼本に入り浸りで、幽霊に遭遇するまでは特にテニスコート下で竿を振っていました。極寒の1月半ばだったかな、夜中の1時ころのことでした。
    水位が上げ止まりする夜の11時がチャンスなんだけどそのチャンスも訪れず日付が変わって今日も駄目だったかと半分諦めていた茅春でした。真冬でも短竿の辺を釣るのが当時のスタイルだったけど私はこんな真冬はもっと棚は深いと16尺一杯の底を狙っていたのです。
    ほっておくとグルテンがシャリシャリになるほどの冷え込みのなか餌を打ち込みました。すると馴染んだ後すぐにトップが根元まで戻し始めたのです。今までなかったような前触れでした。大きなストロークで浮きが動いています。やっと来た!と思いながら竿を握る手に力が入りました。明確なアタリだけを狙わないといけない。チャンスは何度もないとわかっているからです。
    3投目まで明確な食い当たりは出ませんでした。しかし次の餌うちのときその時はやってきました。大きな食い上げから3メモリほどズブ!っと入りました。すかさず合わせた瞬間獲物は沖へ走りました。竿がのされては一巻の終わりなので竿尻を低く構え竿を立てるのに集中した私です。水辺の左右にはボサが生えてるので走られたら不味いことはあらかじめ頭に入ってた私でした。しかしとてつもない力であったことはいまだに忘れていません。
    しばらくすると魚が水面に浮かび上がってきました。一瞬水面に横たわった瞬間の魚体は見たこともない大きさのへらぶなだったのです。その魚体を目にした瞬間最後の力を振り絞って大物は右側の柳につ込んでいきました。そうはさせじと力いっぱいに左に竿を傾け絞りあげる茅春・・・
    その瞬間大物の動きが止まったと思ったら上ハリが柳にかかってしまったのです。当然大物は音もなく逃げ去っていきました。

    落胆した私は竿をほったらかしにしてしばらく水面を見つめていました。
    目に焼き付いてる見たこともない魚体。そして強烈な締め込み。
    いままで沢山は釣ってないけど50近いへらはそれなりに釣りあげてる茅春です。しかしこの時の締め込みや横たわった魚体は人の釣りあげた50上より格段に大きかった。
    あのときの手ごたえをもう一度味わいたくて今でも釣れない釣りを求めてるんじゃないかと思ってる茅春です。

    いや〜!そんな話は釣りあげてから言うもんだ!
    はいはい!ごくろうさま!
    そんな声が聞こえてきたなあ♪へへへ
    まあ、取り逃がすという話は眉唾ものです。ブログに書いちゃったけどこんな話は自分の胸に納めておくのが良いでしょう。書いちゃったけどね!ハハハそれじゃまた!


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